FC2ブログ

線路巡礼1995:名鉄尾西線(玉ノ井駅)、竹鼻線(大須駅)、羽島新線。あの路線はまだ健在でした(殴)

名鉄ローカル線シリーズの書き忘れ
1995年春
尾西線と竹鼻線を巡礼

まずは
津島駅から新一宮駅(今の名鉄一宮駅)まで
ここで乗り換えて
尾西線玉ノ井駅へ

この記事を書くまで知らなかったのですが、
玉ノ井駅までが尾西線(弥冨駅~新一宮駅~玉ノ井駅)だったのですね(汗)
「玉ノ井線」かと思っていました
名鉄さんゴメンナサイ
(でも面倒くさいから玉ノ井支線とお呼びします)

イメージ 1

新一宮駅(高架工事中)
ここから玉ノ井駅までは盲腸線
かなりローカル線っぽい

新一宮駅15:10→玉ノ井駅15:21

イメージ 3

玉ノ井駅
ここにも菱型屋根がありました

イメージ 2

線路終端から
昔はこの先にも路線が延びていたようですが
線路跡らしきものは見つからず

尾西線の一部とはいえ
この短い盲腸線では早晩の廃止の雰囲気
名鉄も厳しいですからね

新一宮駅に戻って
名鉄本線で今度は笠松駅へ
ここから竹鼻線が分岐しています
イメージ 4

笠松駅16:40→大須駅17:23

イメージ 5

江吉良駅
竹鼻線は直進ですが、
ここに右に分岐する新線(1982年開通)が出来ていました

イメージ 6

終点の大須駅

イメージ 7

まるで民家の庭先のような線路終端
ホントに庭みたいでした
行き止まり感満載(笑)

江吉良駅に戻って
新線(羽島線)に乗ってみました

イメージ 8

あっという間に
新羽島駅
どうして新幹線と同じ岐阜羽島駅にしないのか謎です
新幹線アクセスだけが目的の
歴史も何もないとってつけた駅なのに
名鉄もつまらないことに意地を張りますね?(苦笑)

イメージ 9

その後
竹鼻線の江吉良駅-大須駅間は
2001年9月末で廃止されてしまいました
羽島線に軒先を貸して母屋を…(哀)

一方
尾西線(玉ノ井支線)の方は
意外とまだ健在でした(爆)

名鉄線赤字ローカル線廃止の嵐の中で
この支線もてっきり廃止されていたと勘違い(汗)
再び名鉄さんゴメンナサイ(殴)
スポンサーサイト



線路巡礼1986+:名鉄谷汲線、桜満開の線路・・・

名鉄ローカル線シリーズ第5弾
1986年5月
長良線、美濃町線、揖斐線の次は
名鉄谷汲線

黒野駅18:22→谷汲駅18:46

川に沿って走ります
もうちょっと暗くて
川向うに樽見鉄道の線路は見えませんでした

イメージ 1

谷汲駅

イメージ 2

この日見て来た美濃駅、本揖斐駅の駅と駅舎も線路配線もそっくり?
この時は
そのまま折り返し

2001年4月
再び谷汲線

イメージ 3

黒野駅で
揖斐線(左)、谷汲線(右)と分かれます

イメージ 4

谷汲線の沿線は桜が満開
春なので線路脇に変なのも出没

イメージ 5

でも列車はガラガラ~

イメージ 6

再び谷汲駅

イメージ 7

芸術的な写真にチャレンジ

イメージ 8

駅の近くに
谷汲山華厳寺というのがあって
参道は桜が満開♪

イメージ 10

階段の上まで登ったのかしら、覚えてません(汗)

イメージ 11

電車が来ました

イメージ 12

車窓が美しい…
この川の向う側に樽見線(樽見鉄道)の線路が見えたのかどうかは
永遠の謎になってしまいました

2001年9月末
谷汲線は
揖斐線(黒野駅‐本揖斐駅)と一緒に廃止されてしまいました
でも
谷汲駅は立派に保存されているらしいです
桜も一緒に?

イメージ 9

谷汲駅前にあった看板
揖斐線も谷汲線もいなくなってしまいました
国鉄樽見線はまだ残っているけど
セメント工場の線路はもうありません

次の話は
近鉄揖斐線(養老線)の予定

線路巡礼1986+:名鉄揖斐線、本揖斐駅は駐輪場の駅でした

名鉄ローカル線シリーズ第4弾
1986年5月
長良線、美濃町線と乗った後で
再び新岐阜駅に戻って
今度は名鉄揖斐線

岐阜市内線から揖斐線に直通する連接電車がありました
これに乗りたかったのですが
これは昼間しか走りません
路線に乗る順番間違えたかしら

イメージ 1

忠節駅
市内線の終点で
揖斐線の起点

軌道から鉄道に乗りいれます
広島電鉄己斐駅(西広島駅)みたいな
ちょいと面白い構内配線ですが
詳しいご紹介はまた今度

名鉄揖斐線
忠節駅17:05→黒野駅17:34/37→本揖斐駅17:46

イメージ 2

終点の本揖斐駅
島式ホームですが
片側しか使われていない感じ

イメージ 3

ホームが駐輪場になっています
これは珍しい?

この時は谷汲線にも乗るので忙しく戻りましたが

2001年4月
再び揖斐線

イメージ 4

黒野駅
ここから谷汲線が分岐しています
揖斐線は左側の線路

イメージ 5

再び本揖斐駅
15年ぶりですけど、あんまり変わっていません
自転車が減ったような?

イメージ 6

横から見るとこんな感じ

この時は
川の向こう側まで歩いてみました

イメージ 7

揖斐の町
なんかいい感じ

てくてく30分ほど歩いて川を渡ると

イメージ 8

近鉄養老線の揖斐駅に出ました~

ここから養老線で大垣駅に抜けたのですが
この話はまた今度

イメージ 9

岐阜県揖斐の町
日本の2大私鉄が乗り入れる恐るべき町だったのですが
やっぱり2つも要らない?
ということでしょうか
2001年9月末で
黒野駅-本揖斐駅は廃止

本揖斐駅
駐輪場、
じゃなくてホームも駅舎も解体されてしまったそうです
同じ時期に廃止の
美濃駅、谷汲駅は駅舎も線路も大切に保存されているそうなので
いと哀れ

次は
名鉄谷汲線の予定です~

20世紀の終わりは、お葬式とマンション購入

20世紀というのは
2000年が最後の年でした
1999年に恐怖の大王が降ってくるので
その年が世紀末かと思いきや、違いました

2000年は節目の年
社宅を追い出されそうで
年頭にマンションを購入

イメージ 1

この1年をかけて工事中
しばしば工事現場を見学に行きました
(手抜き工事しないように見張らないと?)

その年の夏
海外旅行(ギリシャ)から戻った矢先、
父親が入院してしまいます
疲れくらいの認識で、それほど大事ではなかったはずなのですが、
その入院先から緊急連絡
点滴していたら様子がおかしい

もはやそこの病院では手が付けられず
大学病院へ緊急搬送されることに
(大学病院で言われたのは、本来なら点滴してはいけない症状だったらしいとのこと。今となっては真実は分かりませんが)
救急車で移動する前に駆けつけて
父親と一言二言話しましたが、、、
大学病院へ搬送入院後
意識は回復することなく、そのまま
8月末に死去
その間1か月くらいのことでした

パチンコ、魚釣り(多摩川で釣って逃がすだけ)、タバコ
だけが趣味の人でしたが
どれも私に遺伝しなくて良かった(笑)

十数年前に、くも膜下出血で緊急手術しています
その後、後遺症もなく奇跡的に生還
もともとのんびりした性格が、ますますのんびりした感じになっただけ
ボケてはいない
享年73歳
まだ早いと言われましたが
くも膜下出血の時にもうダメと思っていたので
余生を楽しめた方なんじゃないかと、勝手に納得しています
ボケなくて良かったね(苦笑)

さてお葬式
もちろん主催は初めての経験なのですが
当時の葬式は
会社の関係者が仕切りたがるのです
まるで社葬
それも故人が属していた会社じゃなくて
その子供の勤め先の会社なんです
私は当時、とあるポストについていました
訃報を聞いた庶務担当が
会社内だけじゃなくて
あろうことか全ての取引先に情報開示してしまいました
(良かれと思ってしてくれたのでしょうけど)
ということで
とんでもなく盛大な葬式に!
参列者の8割方(もっとかな)は故人のことは全く知らず
香典も半端なく集まってしまい
葬儀費用をすべて入れても収支決算で黒字だったかも
返礼はその場で額に関係なく品物を押し付け、おかげで後がとても楽でした
(葬儀の写真もあるのですが、今さら見たくもないので…)

葬儀も済んで一段落した後、
父親が最初に入院した病院から請求書が来ました
ビックリ
医療過誤の可能性があるのに
母親は争いは望んでいないので放置していたのですが
まさか医療費を請求してくるとは
それでも
面倒くさいので結局支払うことに
福住医院という病院です
今でも営業しています
最近
母親があの病院はおかしいと思っていたのよ
などと言い出したのには苦笑ですけど

その後
母親は実家に一人で住み続け
(なまじ父親が半身不随で戻ってきたら、どうなっていたことやら)
一人暮らしが定着して今に至ります
だけど長生きし過ぎてしまい
立派なボケ老人(認知症)になりました
人に迷惑をかけない生き方というのは難しい

さて
新居のマンション工事の方は予定通り進み
(父親が亡くなる前に決めておいて良かった、ホント)

11月に内見会
初めて二人で部屋に入りました

初めてみるリビングからの光景
おお~
という当時の雄叫び(?)は今でも変わらず、おめでたい

内見会には
当時仕事で付き合いのあった建設会社の方にも個人的に立ち会ってもらい
いくつかダメ工事を指摘してもらいます
手抜き工事じゃないよね?
(内装はともかく、躯体は分かりませんけどね)
謝礼はビール券でお返し

年末に引き渡しがあったのですが
新居への引っ越しは年が明けてから
ということで
お家の話は新世紀編(今頃この言葉を使うのは恥ずかしいけど)に続きます
「書庫」を新しく作る予定
いいタイトルがないかしら

線路的には
私鉄の線路の隣に住む生活から
国鉄(JR)の線路の近くに住む生活の始まり
線路幅は同じです(笑)

自分の伝記を書くプロジェクト
20世紀が終わりました(お疲れ)

マンション探しの旅の記事はこちら

2000年年末、20世紀最後の旅行はリゾート21で河津大滝温泉「天城荘」にご招待♪と爪木崎の水仙

2000年の年末
1泊2日で伊豆に温泉旅行

河津大滝温泉「天城荘」というイイ旅館
諸般の事情で無料招待券を頂くことに
もちろん
遠慮しないで行かせていただきました(笑)

伊豆急のリゾート21に乗ります
まだ20世紀は4日間ほど残っていましたけど
豪華な車両に乗車券だけで乗れちゃいます
登場から現在に至るまで日本最強の普通列車だと思います

河津駅から
ホテルバスで天城荘へ
さっそく温泉

イメージ 1

五右衛門風呂

イメージ 2

温泉プール
平泳ぎ中です
頭上に見えるのがループ橋(鉄道じゃないのが残念)

イメージ 3

滝をみながら露天風呂

他に洞窟風呂とかあって
お風呂三昧
ご招待ありがとうございます~
(いちおう当たったことになっています)

翌日は
伊豆急下田駅まで行って、
路線バスに乗って

イメージ 4

爪木崎まで

イメージ 5

柱状節理(こういうの意外とあちこちにあるんですね)

イメージ 6

爪木埼灯台

イメージ 7

ここまで来た目的は水仙です
ちょいと有名な群生地
水仙まつり中でした

ちゃんと観光もしたぞ~(自慢)

帰りもリゾート21です
イメージ 8

海に向いた座席で
カップヌードルを食べてしまったのはナイショです
想像するだけで楽しい(列車は空いていたので許してください)

この明後日は大晦日
ついに20世紀も最後を迎えようとしていました

これにて
2000年の話も終わりそうですが
この年は
大きな出来事が2つありましたので、
まだ続きます
プロフィール

LUN

Author:LUN
ヤフーブログからの移転組です
線路とお散歩と旅行とベランダが大好きです

カウンター
検索フォーム
最新コメント
最新記事
カテゴリ
RSSリンクの表示
全記事表示リンク

全ての記事を表示する

月別アーカイブ
RSSリンクの表示
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

QRコード
QR