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1991年東欧南欧の旅6、パリ編(パリは記事にならないなぁ)

1991年5月3日。
ローマ市内観光2日目が手際よく出来たので、
もう1泊はしないで、最終目的地パリへ行きましょう。

久々の昼間の列車(笑)

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ラウンジカーみたいなところ。
なかなかのデザインでしょ?
イタリアの列車は、外観も内装も人間工学に基づいた斬新なデザインが多い、
と何かで読んだ気がします。
当たりですな。

ジェノバ(だったと思う)で途中下車。
そこからパリ行きの夜行列車に乗りました。
また夜行列車ですよ(笑)

この時は、
寝台ベッドでじゃなくて座席。
だけどこれがものすごく寝心地よいシートなのです。
あっと言う間に寝てしまいました。
(もっともウチはどこでも良く寝ますけど、笑)

翌朝(5/4)
パリに着いちゃいました。

《やる気のないパリ編》

パリは2回目。
私は1988年に来ているし、
奥さんも妹と来たことがあります。

正直言って、
2回も来るところじゃないような(笑)

なんでパリに来たかというと。
帰りの飛行機がパリ発なんだもん、それだけ。

大韓航空で、ウィーンIN、パリOUTにしたのですが。
別にパリでなくても良かったのです。
たぶん、曜日の関係でパリOUTしか設定出来なかったのかな?

駅のそばの、ひとつ星ホテルにチェックイン。
ひとつ星だけど、とってもいいホテルでしたよ。

だけど。
ここの御主人、英語が全く通じないの。
フランス人が英語嫌いというのは本当なんですね。
だって「チェックイン」という言葉が通じないのですよ(発音が悪い?)

さて、どこに行きましょうか?

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ガラスのピラミッドを見に行きました。
ということはルーブル美術館に行ったのかな・・・

いえ。美術館にはキョーミないのでパス(笑)
奥さんは以前入ったことがあります。
私は海外でもハコモノというのは好きじゃないので。

それから新・凱旋門に行きました。

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ガラスの大きい球がありました。
なんでここに行ったのか、よく覚えていませんが、
ここが新しいパリなんだそうです。

夜はホンモノの凱旋門に行って夜景鑑賞、フツーの観光客を装います(笑)

5月5日

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モンマルトルの丘、という場所に行ってみました。
丘の上に教会があって、
そこの麓に絵描きがたくさんいるだけ。

二人の似顔絵でも書いてもらえばよかったかな?
そうすればブログにアップできたのに(笑)

セーヌ川に沿ってお散歩。

エッフェル塔にも行ってみました。

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ここのエレベータはすごいですね。
混んでいるけど。

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パリの街ってこうなっているんだぁ。

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お約束のおのぼりさん写真。



今晩の飛行機はパリ21:30発。
当初の予定ではパリには今日着いて、そのまま空港に行くつもりでした。
でも。万が一があると困るので、やっぱり最終目的地には早めに来ていないとね。
列車が遅れても飛行機は待ってくれませんからね。

5月6日
ソウル到着。
ソウル18:40→成田空港。

これにて、
1991年東欧南欧の旅完結。

ウィーン→ブダペスト→ヴェネチア→ローマ→パリ

う~む。
東欧だけ周遊しておけば良かったかなぁというのが、17年後の感想。
もう社会主義諸国は壊滅してしまいましたからね(泣)
もちろん、イタリアは楽しかったのですが。
あの時の鉄のカーテンの向こう側は、もう味わうことが出来ないワンダーランドだったはずです。
ちょっと残念。

そういうわけで。
今回の旅で一番面白かったのは、
やっぱりブダペストの団地民宿ですね!(笑)
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1991年東欧南欧の旅5、ローマ編(あの頃のイタリアは良かったなぁ)

1991年イタリアの旅が続きます。
ヴェネチアで夜行列車に飛び乗りました。ほんとギリギリ(笑)
それでも、自由席コンパートメントを確保できたみたい。

ぐっすり。何にも覚えていません。
起きたらもうローマ駅に着く直前。

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こんなスゴイ電気機関車に引っ張られていたんだ。
装甲車みたい。

5月2日の早朝。
駅から徒歩10分くらいの安いホテルを見つけて、
ローマ編のスタートです。

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地下鉄駅を出るといきなりです!(笑)
コロッセオ。
とっても有名。

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中に入ると、地面が競技場なのがよく分かりますね。
あんまり完璧に残っているので、ホンモノなの?と疑っちゃう(笑)


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ここに隣接しているのが、
フォロロマーノ。

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実は、ここはほとんど予備知識なしでした。
当時あんまり有名じゃなかったと思うのですが。
これこそ、古代ローマの真髄なんですね。
ここが古代ローマの政治の中心地。

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それが、広大な敷地で残されているのです。
ローマってすごいなぁ。
すっかり気に入りましたよ。

再度地下鉄に乗って、
今度はここ。

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天井にきれいな穴が開いていました。ビックリ。
中に雨が入ってしまいますけど、それがこの建物を長持ちさせてきたらしいです。

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パンテオンです。
渋谷の映画館の名前は、これだったんだ(笑)

トレビの泉に行ったら・・・

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工事中でした(泣)

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古代競馬場の跡。
ここでマラソンしてみたいですぅ

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有名な真実のクチさん(歴史的価値はないらしいけど)。
ホンモノはとても小さくて、目立たない場所にありました。
行ってみると、誰もいなくて、
写真撮り放題。
もちろん、手を食べてもらいます。むしゃむしゃ。

この後、観光バスが着いて団体の嵐!
もうクチの前は長蛇の列。
危機一髪でしたね(笑)

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その後。
バチカンまで足を伸ばします。
一応ここは独立した国。

きりすと教の大本山。
サンピエトロ寺院。
中は無料で見学できます。いろんなものが一杯あります。

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でも、極めつけは大聖堂の上かな。登ることが出来るんですよ。

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屋根の聖人さんのそばまで行けます。
ありがたや~(笑)

翌日もローマ市内観光。
再びバチカンへ。
今度はここの美術館に行きます。

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私でも知っている絵を見てきました。

その後。
少し郊外までバスで移動。

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アッピア街道沿いのカタコンベ。
古代のキリスト教墓地です。
キリスト教が禁止されていた頃の、地下秘密墓地です。
ここの中に入れるのです。
ちょっとミステリーでしょ?
この建物の下に、地下墓地の世界があるのです。

怖いところの見学も済ませて、
これでローマはほぼ見尽くせたかな?

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路面電車も雰囲気良かったですよ。

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これはホテルのそばにあった廃線跡。
これもローマの歴史遺産になるのでしょうか?(笑)


本当はローマにもう一泊するつもりでしたが、
先を急ぎましょう。

次回はパリを目指します。


ちなみに。
この時、奥さんはイタリアが大変気に入ったみたい。
でもトレビの泉は工事中で見られなかった。
また行くんだぁと、ず~っと言い続けていました。

ということで。
なんと、その13年後に再訪することに。
でもこの時はイタリアの治安はタイヘン乱れており、とってもイヤな思い出が。
今度はイタリアが大嫌いになりました(泣)

ということで。
いまのところ世界で一番キライな国はイタリアかな。
おかげでブランド品も買わなくなった?(笑)

1991年東欧南欧の旅4、ヴェネチア編(自家用車を許さない千年王国ばんざい!)

1991年東欧南欧の旅。
ハンガリーを発ち、ウィーン乗換で
イタリアのヴェネチアに着いたのは
もう深夜。日付が変わっていたかも。

宿の予約なし!
(さすがに今だったら、こんな無謀なことはしないですね、汗)
真夜中なんですけど、深夜の列車の出入りもあるみたいで、
駅前広場は明るかったです。

駅近くのホテルから片っ端に空室を探していきます。
もう料金なんか気にしてられない。
どこも「FULL」の表示ばかりなのですが(汗)

5件目くらいで、
幸い見つかりました。すぐにチェックイン。
オヤスミなさい(笑)
万が一、宿が見つからなかった場合は、
ここから更に夜行列車でローマに向かうつもりだったのかな?
(これまた無謀ですね、笑)

5月1日。
ヴェネチア編

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ホテルの窓からオハヨ~
ヴェニスの一日の始まりです。

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駅の目の前が運河なんですよ。
大運河。

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運河だらけの街。
それがヴェネチアでした。

素晴らしいことに。
この街は自家用車を一切受け付けない街。
網の目のようにめぐらされた運河を使って船で移動します。
あんまり予備知識ナシで訪れたので、
マジメに感動してしまいました。

公共交通優先の街。
人間優先の正義の街です。
人殺しが運転する自家用車に怯えなくていいのです。

スイスの山の中には観光目的でこういう政策をしている村がありますけど。
このヴェニスはイタリア、いえヨーロッパ有数の大都会です。
そんな人間優先の都会があったんだ。

と、感動したのはいいのですが。
ここで予想外の事態が。

この日は5月1日なのです。
公共交通優先の街を巡礼するには、ちょっと最悪?の日でした。

メーデーです。

労働者の祭典なのです。
(こんな呼び名は、すでに当時の日本でも死語みたいなものでしたけど)

労働者の祭典だから、
労働者はオヤスミ。

公共交通までオヤスミ!

不覚です。労務管理を長年担当していたのに、こんなことも知らなかったなんて(泣)

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それでも。
大運河を航行する幹線のフェリーだけは動いていました。
小さな運河に入っていく船は全て運休。
まぁ、仕方ない。

街の中は迷路。
ここで迷うのがまた楽しいです。
迷っても案内がしっかりしているので、意外と大丈夫。

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街の中心。サンマルコ広場に到着。

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ここの超有名な教会の上には4頭の馬が飾られています。
これ、イスタンブールの遺跡からかっぱらってきたものです。
悪い奴らですねぇ

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ヴェネチア本島の周囲には、小さな島が点在します。

向かいの、高い塔がある島まで遠征。
この島の教会の塔、エレベータで上がれます。
乗ってみると、神父さんがエレベータボーイをしていました。
狭い個室で説教されそう(笑)

ムラノ島というところも行ってみました。
高い買い物(ガラス製品)をさせられる観光地ですけど、
エライから行っただけ(笑)

メーデーですけど。
各島を結ぶフェリーは営業していました。
そうですよね。船ナシじゃ外に出られない。

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観光地ですけど。
ちょっと路地に入ると、生活があります。

奥さんが、夕食は本に載っていた店に行きたいとの事。
でも、この店を探すのがタイヘン。
だって、大通りという概念がないので。
小さな道を迷う迷う。
でも楽しい(笑)
世界一の迷路の街ですね。
(昨年行ったモロッコよりも、やっぱりこちらの方が上手ですね)

店は見つかりましたよ。
味は覚えていないけど(笑)

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まる一日。
ヴェネチアの街を彷徨い歩きました。
ゴンドラなんて俗物は乗らないよ。高いから(笑)

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駅にもどってきました。
この日の夕方。
ローマ行きの夜行列車に飛び乗りました。

深夜について、
ホテルで一泊。
その日はまる一日歩き回って、
そのまま夜行列車で次の目的地へ。

スゴイでしょ?
とても今ではできそうもない無謀な冒険旅行でしたね(笑)

余談ながら。
当時はヴェネチアの歴史にはあまり興味がありませんでした。
水の都、というイメージだけ先行。
ベニスと呼んでいましたね。
だけどヴェネチア共和国の歴史を知ってからは、その名称が定着。

ヴェネチアは歴史の宝庫なのです。
あのローマ帝国の歴史にも劣らない、
イスラム世界との攻防を繰り返した千年王国だったのです。
千年というのは半端な長さではないのですよ。
もっと世界史の勉強しておけば、もっと楽しめたのにね。

次の目的地は、
さらに世界史の宝、ローマ編です。
教科書はいらないよ!(笑)

1991年東欧南欧の旅3、ユーゴスラビアをかすめてイタリアへ(あの国がなくなるとは思わなかった、泣)

4月30日
ブダペストの次の目的地は、
イタリアのベニス!
べねぇちぃあ、です。

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さて。
東欧から南欧イタリアに行くには、アルプスを越えねばなりません。
ちょっと時間はかかるけど、
ブダペスト→ユーゴスラビア経由→ベニス、というルートがあるのです。
ちょっとローカル。
ユーゴ経由というのは魅力的。

だけど、このルートだとユーゴスラビアの入国ビザも必要になるのです。
通過だけでビサを取るのもバカバカしいし。
ちなみにユーゴはユーレイルパス使えません(共産圏は、これが普通なんですけど)

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結局、ウィーンまでもどって。
列車を乗り換えて一気に南下することにしました。

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お城が見えました。

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途中駅で、息抜き♪

アルプス越えは、それはそれで楽しかったのですが。
やっぱり、ユーゴスラビアに入国してみればよかったなぁ。
だって、あの国はもう無いのですよ。
完全消滅。
ソ連だって分解消滅しちゃいましたからねぇ(でも、ソ連は行っておいて良かった♪)

おまけ:世界史と地理Bの試験に出る
「ユーゴスラビア」
七つの国境、
六つの共和国、
五つの民族、
四つの言語、
三つの宗教、
二つの文字、
そして、
一人のチトー
ああ。私って俗物だなぁ(笑)


この日はほとんど列車の中の移動日でした。
ベニス中央駅に着いたのは、なんと夜中の12時!
ベニスに入るときに、長い橋で海を渡るはずなんですけど、真っ暗で分からず(残念)。

宿の予約なし。
なんて無謀なんだ!(笑)

次はベニス編です。

1991年東欧南欧の旅2、ブダペスト編(鉄のカーテンの向こう側は団地民宿?)

東欧南欧テキトーな旅。
いよいよメインのハンガリー編です。

とにかく東欧の社会主義国に行きたかったのですが、
一番行きやすい国を選びました(安易)
それがハンガリーです。

4月28日。
昨日堪能したウィーンの街を後にします。
駅から国際列車に乗りましょう。
ハンガリーのブタペスト行きです。

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さっそくユーレイルパス5日間用の使用開始。
ハンガリーのいいところは、何故かユーレイルパスが使えてしまうところ。
立派な東側の国なのにね(笑)

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一応、国境の駅でちゃんとパスポートチェック(車内)はありましたよ。

快適にハンガリー入国。
ブタペスト到着。

さて。
この先は「地球の歩き方」通りの方法で宿探し。


『ブタペストはホテルの予約なんて全く必要なし。
駅に着けば、客引きが寄ってきます。
自宅の余った部屋を、そのまま宿泊所にしてしまうのが現地流。
1部屋千円(当時は7ドル)で泊まれちゃうよ。』


やってみたら。
本当にそのとおりになりました(笑)

客引きの車に乗せられ、駅から走ること10分くらい。
大きな団地群の中に連れてこられます。
車から降りて、とある団地の、とある部屋へ。

団地民宿、と呼べばいいのでしょうか?
本当に一般家庭にお邪魔してしまいました。
たぶん子供が独立してしまい、余った部屋を旅行客に貸し出しているのですね。

主人は、おばさんです。おばあちゃんかな?


朝食付きで7ドル(もちろん二人分)
これを2泊。
そんなに安くていいの?

もっとも、ベッドは完全にスプリングがダメ。
やっぱり7ドルで妥当?(笑)

ちなみに、この宿の値段は、これまでで自己最安値。
今日現在破られていません。

さて。
街に遊びに出かけたいのですが。
ここで大問題。

今、ここにいる場所がどこだか分からないのです!(爆)
中央駅から車で連れてこられちゃったので、
皆目検討がつきません。
もっと困るのは、この団地群。
私には、泊まった家がある団地の建物がどれだか、早くも区別が付きません。

そこから最寄りの地下鉄駅は、意外と近くてすぐに分かりましたけど。
でも不安です。

ところが、
ウチの奥さん、大丈夫、というのです。
何が大丈夫なのかワカリマセンが、
とにかく団地民宿の場所と最寄駅からの道筋をちゃんと覚えたらしいのです。
ホントかよ?

電話番号だけでも控えようとしたら・・・
家に電話ないそうです!(笑)
どーなるんでしょうねぇ
もどって来られるの?

《ブタペスト市内観光編》

ここで超簡単なブダペスト案内。
ハンガリーの首都です。
ドナウ川が中心を流れていて、川の両岸のブタ地区とペスト地区に分かれます。
中央駅と団地民宿があるのがペスト地区。
川の対岸がブダ地区。ここに王宮跡があって観光の目玉。
ふたつあわせてブダペスト。なんて分かりやすいネーミングだ!

地下鉄が3路線(2路線だったかな?)くらいあって、とっても便利。
これだけマスターすれば市内観光できちゃう。
路面電車も川沿いを楽しく走っているのですが、路線図が分からなくて。

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地下鉄に乗って、
まずはブタ地区の王宮へ。

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ここでドナウ川に架かる鎖橋(チェーンブリッジ)というのがとても有名。

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王宮は小高い丘にあって、ものすごい旧式のケーブルカーで上がれます。
面白そうだから乗ってみました。

丘の上はかなり広くて、王宮や砦なんかがあります。
とても広い。

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歴史的価値は全く分かりませんけど、
古い建物からドナウ川を眺めるのは優雅なものです。
さきほどのチェーンブリッジがいい味だしてますね。

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漁夫の砦、というのが有名。
ただの眺めのいい砦なんですけど。
名前をどうも「漁夫の利」と覚えてしまい、ただそれだけの理由で記憶に残っています(笑)

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この王宮周辺をダラダラ歩き回って、
川を渡ってペスト地区にもどってまいりました。

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もう夕方です。日は暮れました。夜景もキレイ。

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ハンガリーはフォアグラの名産地なのです。
奥さん、フォアグラ大好きです。
ここならリーズナブルな値段で堪能できるらしい。

ガイドブックに載っていた店を一生懸命探します。
ふぉあぐら~

見つかりました!
もちろんフォアグラふるこーす(笑)

店を出たら、もう本当に暗いの。
団地民宿にもどれるの!?


大丈夫でした。
ウチの奥さん、何故か完璧に団地の中のどの建物だか覚えていました。
あんたはエライ!(笑)
こんな不思議な才能があったんだ!(驚き)

ちなみに私には、ぜ~んぜんワカリマセンでした(泣)

翌日(4月29日)
本日もブタペストまる1日お散歩。
ここは温泉があることで有名なんです。
混浴。
もっとも、温泉プールなんですけどね。
だから水着着用ですよ(笑)

保養施設だからマッサージがあります。
これは男女別なので、交替でやってもらいました(きっと安かったのでしょうね、笑)

どんなマッサージだったのか、これまた全く覚えていないのですが、
私がいない間、
温泉プールにひとり残された奥さんは、
急に現地の人に取り囲まれ質問攻めにあい、うろたえていたそうです。
日本の女はまだ珍しい?


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そのあとは、あてもなく街中をブラブラ~



4月30日
ブダペスト3日目の朝。
今日の午前の国際列車で、この街もお別れです。

最後のサプライズ。
なんと団地民宿には、私たちとは別にもお客がいたのです!
しかも日本人!(笑)

私たちと同じように中央駅で捕まって、ここまで拉致されてきたそうです。
料金は同じ7ドル(この人は一人でしたけどね)

だけど、朝食付かないんだって!
私たちが食べているハンガリーのフツーの家庭のフツーの朝食を、
それはそれはウラヤマシそうに見ていました(ただの安っぽいパンですけど、笑)

今晩、再度交渉してみる!と言っていました。がんばってね。


これにて東欧社会主義国家ハンガリー「ブダペスト編」はオシマイ。
ここは2泊したおかげで、ほんとノンビリできました。
あんまり社会主義らしくなかったですね。

今でも一番印象に残っているのは、
やっぱり団地民宿です!(笑)

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あの、おばちゃん。元気かな?
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Author:LUN
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