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1995年ペルー旅行記(終)女添乗員ご乱心編(ツアーってこういうもんなんだ!笑)

1995年ペルー旅行記

なんと20年近く経ってます
残された当時のツアー行程表と写真と記憶だけで書いてます(エライ?)

それでも
一番よく覚えているのは
最後の大事件

今回は30人もの大ツアー
日本から添乗員付き

ところが
このときの女性添乗員
推定年齢30歳過ぎくらいかな
かなりのベテランであることは間違いなし
手続きとかテキパキこなしているように見えたのですが・・・

ツアー客の中のひとりの男性に一目ぼれしてしまったみたいです(笑)

ツアー中
その男性のグループにベッタリ

私は
面白いから
その実らぬ?恋の行方を楽しんでいたのですが

ツアーが終わるとき
添乗員がアンケートというのを配りだしました
同行添乗員の○×を付けるシートですね

突然
参加していた女性客が数名、
このアンケートは直接本社に届ける!と怒りだしました

そういうもんなんだ

私がこのアンケートに何と書いたのか覚えていないのですが

団体ツアー事情に詳しい(?)
ウチの奥さんが言うには

プーノ(チチカカ湖)のホテルで
特定のグループだけを連れて、
町まで遊びに行ったのはまずいんじゃない?
おまけに
ツアーバスと運転手を使って行くなんて
(全員に声をかけて希望者を募って行くなら問題なかったのでしょうけど)

そういうものなんだ
その晩は
ウチの奥さんが高山病でウンウン言っていて
そんな淫行が行われていたとは露知らず(笑)

(それ以外にも、
 博物館で現地係員の英語説明を日本語で説明しようともせず。
 私は興味ないからどーでも良かったのですが、笑)


帰国してから
旅行会社(近ツリ)から電話がかかってきました

今回の添乗員については
まことに申し訳ありませんとのこと

何がどう申し訳ないのかよく聞かなかったのですが
とにかく
ツアー客全員が苦情を書いてきたので
間違いないとのこと(!)

そうかぁ
あの男性にも見放されたのね(笑)

驚いたのはその後の発言

お詫びとして
一人1万円を返金させていただきます・・・

ラッキー♪
そういうもんなんだ
こちらは何にも言ってないのに(笑)


ということで
これが1995年のペルー旅行でした
マチュピチュよりも
ナスカよりも
最後の事件をよく覚えています(爆)


これでホントにオシマイ(疲れました~)



実は
さらにオチがあって
このあと、
奥さんが会社の近くで他のツアー参加者に会ったそうです

このとき
女添乗員1万円返金事件の話題になったのですが

この参加者は
お金の話なんか聞いてないとのこと(!)

どうやら
返金したのは一部の客だけだったみたいです

ウチはアンケートにはっきりとクレームを書いて×したので
(何を書いたのか覚えていないのですが)
これはマズイと思って、
会社が自主的にカネを返してきたのかな?

そう
クレームははっきりと言わなくてはいけない!
そうすれば過失相応のカネが戻ってきます(教訓)

その後
私の海外旅行には
クレーム処理が付き物になってしまったと
ウチの奥さんが嘆いております~(笑)
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1995年ペルー旅行記7:ナスカ編(地上絵はTVで見るのと同じです、殴)

1995年ペルー旅行記、たぶん最終回

いよいよ
最終目的地のナスカです

リマから飛行機でイカという町へ
(なぜかツアー行程表にこのフライト時刻が記載されていません。行き当たりバッタリだったの?)

イメージ 1

そこの小さな飛行場に
セスナ機がとまっています

たしか5人乗りだったので
5人ずつのグループに分かれて乗り込みます

風が強いとセスナは飛ばないとか脅かされましたけど
あっさり運行


さて
いよいよナスカの地上絵です

いろんなモノが地上に描いてあって
空から見ないと分からない
宇宙人が書いたとかいうSFです(笑)

さんざんTVで見てきましたけど

実際に
上空から見ると、こんな感じ・・・


イメージ 2

砂漠地帯に
やたらと「線」がひかれています

その中で一番立派な線は「自動車道路」(泣)

イメージ 3

とにかく
チョークで書いたみたいにまっすぐな線が何本も何十本も

これじゃ「地上絵」どころではありません(汗)

「絵」なんかより
「直線」の方がはるかに多くて目立つのです(これは実際に行かないと分からない)

パイロットさんが
(これは欧米人。インカ人みたいなパイロットじゃやっぱり心配)

あそこに○○がいるよ!
とか旋回しながら教えてくれます

何か
物体らしきモノが描いてありますよね

イメージ 4

セスナの機影を写したわけじゃないんですけど
なんだかワカラン(泣)

イメージ 5

これはかろうじて
下のほうに羽みたいなのが分かるのでコンドル?

イメージ 6

ハチドリ
これが一番写真うつりが良かったです(笑)


フライトは45分
地上絵があるエリアの上にどのくらいいたのか覚えてないのですが
とりあえず有名なモノは全部見ることが出来ました

さて
実際に行ってみて分かったことは

セスナから見るのと
TVで見るのと
ほとんど同じということ(殴)

ナスカの地上絵はTVで十分です(泣、ホント)


地上絵遊覧飛行が終わり
近くの
オアシスのような場所に移動でして昼食

実は
このオアシスが素晴らしかったのです

イメージ 7

まさに
絵に描いたような砂漠とオアシス

昼食場所の裏手が
もう砂漠

本当に期待通りの砂漠

食事なんかどうでもよくて
時間ぎりぎりまで
奥さんと二人で砂漠で遊んでました
(なぜか遊んでいたのは私たちだけ。もったいない)

イメージ 8

このときの砂漠が
これまで経験した中で一番砂漠らしい砂漠でしたね!
モロッコのサハラ砂漠より
こっちの方が好き♪


これでペルー旅行はオシマイ

7月20日
リマ空港22:25発
マイアミ
ロサンゼルスと二度も乗り換えて
7月22日
成田空港に14:25に到着しましたとさ

イメージ 9

これはリマの空港にて
セスナより見た地上絵より芸術的ですぅ(笑)


ペルー旅行記
これでオシマイなんですけど
まだ
おまけ編が残ってしまいました。まだ続く。

1995年ペルー旅行記6:シルスタニ遺跡、世界最高峰到達地(いまのところ)

1995年ペルーの話。どんどん書きます。

富士山より標高が高い
チチカカ湖畔のホテル(3,800m)で奥さんが高山病になった翌日、

バスはさらに標高が高い遺跡を目指します

シルスタニ遺跡

あまりメジャーではありません
というか
全く知らない観光地でした(汗)

それでも敢えて記事を別に書いてみたのは

ここが
ウチの夫婦で訪ねた、
世界最高峰の場所だから!(いまのところ)

標高4,000m

富士山より
スイスの有名な山頂終着駅より
標高が高い場所


イメージ 5

小高い丘の上に、
こんなモノが何本か立っています

イメージ 4

古代人(インカさん?)のお墓だそうです

穴が開いていて
中に入れるんですよ~
お墓の中に(笑)

イメージ 3

もちろん
ウチは入ってみます

確か
墓の中には何もなし


イメージ 1

丘から眺める湖もいいですね
これはチチカカ湖じゃなくて
それよりさらに標高が高い湖!

イメージ 6

どういうわけだか
昨夜より標高が高い場所なのに
やけにハイテンション!(爆)

どうやら
ウチの奥さんの高山病は特に夜に弱いらしいです
昨晩チチカカ湖畔のホテルの夜もたいへんでした

昼間は元気なんだ
富士山登頂の時もそうでしたね


このあと
バスは空港に向かいます

イメージ 2

途中
またも列車に出会えましたよ

あれに乗れたら
世界最高標高を走る列車だったのにぃ(たぶん。当時)


フリアカ空港12:40→リマ空港14:40

一気に下界に下ります
またリマに戻ってきました

リマ市内郊外観光
アルマス広場、中央寺院、天野博物館を見学したらしいですが
な~んにも覚えていません(笑)

またリマに泊まって
翌日はいよいよ最後の目的地
ナスカです

続く


ちなみに
1995年7月19日
このシルスタニ遺跡4,000mが
我が家の最高峰到達地点です

この記事を書いていて、いまさら判明した事実です(!)

高山病を克服して
さらに上を目指しましょう(?)


(追記)
ここまで書いたのですが
その8年後の2003年に行った
ハワイ島のマウナケア展望台の方が高い、との指摘が!
ここは4,200m!

ペルーの方が標高が高くて苦労したというイメージがあるのですけどね、汗

1995年ペルー旅行記5:チチカカ湖で高山病!富士山より標高が高い困った湖

1995年ペルー旅行記の続き後半戦

リマ、クスコ、マチュピチュと巡って
いよいよ本当の高地へ

クスコの標高も高いけど(3,400m)

次の目的地
チチカカ湖の標高は3,800m!

つまり富士山3,776mより高いわけですね(汗)


クスコ空港11:50→フリアカ空港12:15

ここからバスでプーノという町に移動

どんどん高度が上がっていきます
私は意外と大丈夫なのですが、奥さんはダメみたい

やっと
チチカカ湖畔のホテルに到着しましたが

奥さん
グロッキーですぅ

イメージ 7

ホテルの酸素吸入器で生還?

ホテルで昼食後
すぐにチチカカ湖に浮かぶウロス島観光


標高の高い湖には
葦(アシ)が生い茂っているのですが

イメージ 2

それをかき分けてボートで進むと


現地人が
葦で作った人工の浮島ウロス島に到着


いつ沈んでもおかしくない島(?)
ここに多くの現地人が住んでいることになっているのですが、

イメージ 3

本当に葦の上に住んでいるのか、
観光用のポーズなのかは不明・・・

イメージ 4

名物の葦で作ったボートがありますけど
普通のボートも別にちゃんとあるのがご愛嬌
もはや観光用なのは明白

せっかくなら
葦の船にも乗せてくれれば面白いのにね(怖いけど)


観光ボートは
さっさとホテルに戻りました

イメージ 1

イスラエステベスという、かなりいいホテル
町から離れているのは残念ですが、
窓から湖が見える
いい部屋だったらしいのです(覚えていない、殴)

でも食事は
マス料理ばかり(昼も夜も!)
名物らしいのですがイマイチ


お約束のイベント

イメージ 5

お菓子の袋がパンパンですぅ~

きっと脳みそもこんな感じになっていたのではないでしょうか?


翌朝
本当にいいホテルだったみたいで
目の前に線路が!

イメージ 6

おまけに
ちょうど列車まで走ってきたのです!ラッキー♪

クスコから
この列車でプーノまで来ることも出来るらしいのですが

まぁいいです
列車内で高山病で倒れられても困るので(笑)


ツアーは
観光バスで次のシルスタニ遺跡へ続きます
なんと標高4,000m越え!さらに高みを目指します(汗)



ちなみに
あの葦の島に住んで(?)いる人たちの平均寿命は
たった36年だそうです(当時)

富士山より高いところに住んではイケナイ(汗)

1995年ペルー旅行記4:マチュピチュ編(グッパイボーイの方が謎でした)

1995年ペルー旅行記

かの有名なマチュピチュ遺跡に来ました

イメージ 1

谷底に見える最寄り駅から
混載バスに乗り換えて
一気に山を上ります

バスが上りきったところが
マチュピチュの入り口

もちろん
有料なので中に入るにはゲートを通らないとダメ

あの超有名な世界不思議発見遺跡が目の前なのに
なにしろ30人の団体
人数確認やらトイレやらで、なかなか中に入れない(泣)

イメージ 2

そんなんで
退屈しのぎに撮影大会(笑)

やっと中に入りますが
自由時間もないのでガイドについて歩くだけ

イメージ 3

空中都市とか空中庭園とかもてはやされていますけど
中はこんな感じ

イメージ 4

石組みが美しい(かな)

イメージ 6

15世紀の遺跡なんです
そう聞いてしまうと
日本の遺跡の方が古いじゃん?ということで
あまり大したモノに思えない(笑)

遺跡の向かい側の高い山
時間があればそこに登ってみたかったのですが残念

イメージ 5

このジグザグルートが谷底の最寄駅と遺跡を結ぶ唯一の道


当時のTV放送で
遺跡の帰り道
スタート地点で手を振る少年が
下り道の途中でも待ち構えて手を振っています
少年は坂をまっすぐ走り下りて来るからバスに追いつけるという芸当
名づけてグッパイボーイ

これが
私たちが乗ったバスの車窓にも現れました
何度も現れて手を振ります

ところが
バスが終着の駅に着く直前
運転手がバスをわざわざバスを停めてドアを開けます
そして
その少年が乗り込んできて
乗客にチップをせがむのです

な~んだ
そういうカラクリだったんだ(笑)

もちろん
そんなモノにチップなんか払いませんよ
(ガイドがちゃんとショー料金を払っていたし)

空になったバスは
その少年を乗せて(!)また頂上に戻って行きました
そういう関係なんですね
世界不思議発見TVじゃ分からない真実(笑)

上って行くバスを追いかけてグッバイするのなら
チップを払ってあげるのになぁ。残念。

列車とバスで、またクスコに戻りましたとさ。


そういえば
ツアー客の中に
いかにも水商売風の女性一人客がいたのですが
マチュピチュの入口まではついて来たのに

バスの中で待つ、とか(?)

謎です。
なんのために、はるばるペルーにまで来たの?
(ここはクスコより1,000mも標高が低いのでラクな場所のはずなのに?)

謎が多いツアーは
後半に入りますぅ
次は恐怖の高山病編
プロフィール

LUN

Author:LUN
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