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インド旅行記エピローグ、やっぱりハマらないインド

1997年インド旅行記プロローグ
(紹介しきれないネタの寄せ集め)
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インドは広いのですが
観光客向けなのは北インドの一部のエリア
それでもベナレスまで往復するのは大変で日数も余計にかかります
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インドの町中
とにかく人が多い
アジアはどこも同じかもしれませんが
やっぱり顔が濃いと一味違います
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本場インドカレー
日本のカレー屋さんと同じです
日本のほうがナンは美味しいんじゃない?

このツアーは6人参加でした
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(たぶんタージマハールにて)
帰国後
一人参加の女性が写真を送ってきました
これが残っていたので
ついでに紹介

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コブラ使い
本当にいるんですね
危険物取扱の許可がいるのかしら?
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屋台
みなさん濃い顔
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ベナレスにて
こういう瞑想大好き外国人があちこちにいました
この女性は日本人かな?
目立つお立ち台(座っているけど)にいたので、今でも覚えています
何か悟りを開いて、今頃は新興宗教でも立ち上げているかも?

これにて
1997年インドの旅、おしまい

18年も前のことを思い出しながら書くのは大変
とくにツアーだと記憶が残りません
旅行会社の行程表以外ほとんど残っていません
(個人旅行なら詳細なメモがあるのですが)
この記事を書くにあたり
わざわざ図書館から最新の旅行ガイドブックを借りてきて勉強しちゃいました
おかげで
もう一度行った気分に?(爆)

最後に
インドはハマる人はハマるそうです
あんなに汚くても好きな人はいるそうです

でも
ウチはもういいです(あっさり)
全くハマらないインド、でした。ちゃんちゃん

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これは帰国後、
ジグゾーパズル好きの奥さんが作った立体タージマハール
これと沐浴を見てお腹をこわしたのがインドの思い出です

(次回作は同じ年に行ったノルウェー(個人旅行)の予定。当分先です)

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以下メモ書き

1月1日
21:15ホテル着
ヒンダスタンインターナショナルホテル

1月2日
朝7:00散歩
8:30朝食
バス9:30スタート
ヒトラ寺院
12:00昼食、フジヤ、中華スチームボガード
13:00出発
13:30シャナーズ・フセイン女史のボディショップ、ハーブオイル
14:00出発、給油、そこで水を買う、大きいシバ像
途中、レストラン庭園で茶
20:30ジャイプール着アディツイアホテル

1月3日
9:30出発
風の宮殿、アグラ城、象、サモサ食べる
織物工場(停電中)
宝石(すぐに出る)、また織物
14:00ホテル昼食タンドールチキン
15:00再出発、風の宮殿、
16:00シティパレス17:00発
宝石屋
ビハラ寺
チャートくだもの
21:00ホテル着夕食中華アディツイアホテル

1月4日
6:00朝食、6:40出発
朝日、途中にクジャク
9:20休憩
10:00ティーパカオリ
13:00アグラのホテル着
14:40発、
15:10タージマハール16:00
16:15アグラ城17:00
大理石、織物、大理石、紅茶、バザール、21:00ホテル戻り

1月5日
6:40起床、7:00外出、走る、7:30タージマハール8:10、リクシャー利用8:30ホテル戻り
9:00発、車2台、10:00駅
列車KALKA MAIL アグラ11:25→13:30ETAWAH、15:20KANTO、16:35FATEHPUR、18:00エラハバット、20:30ベナレス駅
21:15ホテル
ヒンダスタンインターナショナルホテル

1月6日
6:15発ガンジス河の沐浴8:00戻り
9:30→10:00ネパール茶、日本寺、サルナート
13:30ホテル昼食
14:30→16:00渋滞
列車PURSHOTIAM ベナレス→デリー

1月7日
5:00駅到着
5:30ホテル9:30出発
市内観光、クトゥプミナール(1,500年以上錆びない鉄柱)、ラージガード、インド門、フユマーン廟
13:00ホテルブロードウェイ昼食14:00
14:10ジャンパースホテル、買い物15:00
15:30空港
18:30発、翌8:00成田着
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インド旅行記6、デリー市内観光(インドの首都はどこでしょう?)

1997年インドの旅
デリー→ジャイプール→アグラ→ベナレス
と廻って
ようやくふりだしのデリーに戻って来ました

1月7日
前日ベナレスから乗った寝台列車は朝5:00デリー駅到着
おかげさまで
お腹をこわしたのはひと段落
5:30ホテルで休憩
9:30出発
デリー市内観光に行きます

インド門
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植民地時代、イギリス支配の名残ですけど、
インド人はどこかの国みたいにねちねち気にしない
「イギリス門」じゃないからいいじゃない
むしろ誇らしげな観光の名所

クトゥプミナール
勝利の塔
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イスラム時代の豪華な石造建築
高い高い
傾いているように見えます
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ここに1,500年以上錆びない「鉄」柱が残っています
(純度100%に近い鉄は錆びないってホント?)
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この鉄柱
背中を背にして両手が合わせれば幸せになれる、
というご当地ネタがあったみたいで、挑戦です

フユマーン廟
ムガール帝国2代目皇帝の墓
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これもイスラム的左右対称がウリ
真っ白の大理石で作れば
タージマハール墓に負けないのに
奥さんが「村上海賊の娘」ポーズでふんぞり返っています
何でだろ?(謎)

ラージガード
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インド風もんじゃ焼きを作っている鉄板、
じゃなくて(殴)
あの有名なガンジーの墓

ラール・キラー
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ムガール帝国の城塞
赤い砦
植民地時代にはそのままイギリス軍の駐屯地で使われ、
今でも軍事施設?

これで
デリー観光も終了
記憶に残ったような、残らないような内容

ちなみに
観光エリアはオールドデリーと呼ばれる旧市街が中心

ここでクイズです
インドの首都はどこでしょう?
私が子供のころ、受験生のころは
「ニューデリー」
だったはずです
ところが今は
「デリー」
呼び名が変わったわけではなくて
もともとデリーだったそうですが
政治経済の中心のニューデリーというエリアがいつの間にか一人歩き
日本の首都は千代田区、というのと同じ
インド人自身はあまり気にしなかったのね、たぶん

15:30空港
18:30デリー発、翌日8:00成田着
お疲れ様でした

元旦に出発して8日に帰国
成田空港でお屠蘇を貰った「枡」
旅行中も持ち歩いて、そのまま我が家のお土産に
少し前まで家にあったのですが

正月に旅行をしたのは
国内も含めて
恐らくこれが最初で最後
落ち着かないからもういいです(苦笑)

これでインド旅行記終わりのハズなのですが
書き漏れがあるので
次回が最終回

インド旅行記5、ベナレスの沐浴(怖いもの見たさの極み)、寝台列車で非常事態~

1997年インドの旅
ベナレス(今はバラナシというそうです)
ヒンズー教の聖地にして観光地
恐らく一番不可解なインドらしい場所
怖いモノ見たさで世界中からスキモノが集まります

前日はアグラからベナレスに列車で移動してホテルに泊まっただけ
この日は早朝6:15発
このツアーで一番早い時間
日の出前のガンジス河に行くために
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ごちゃごちゃした河岸に着くと
早くも裸のインド人が集結しています

ガンジス河(ガンガー)の沐浴

別に早朝じゃなくてもいいと思うのですが
宗教的に朝がいいらしいです
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沐浴する宗徒は真剣なんでしょうけど
観光客は小舟に乗って
これを観察するわけです
チップをあげちゃいけません(殴)
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チップはあげちゃいけないけど
なにか地元に還元しなくちゃいけないので
観光客は皿に置いたロウソクを香典替わり?にボートから川に流します
(これがいくらなのかは不明)
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ガートと呼ばれる
沐浴所兼火葬場兼ボート乗り場
こういうのが川沿いに無数にあります
正月6日です
さすがにインドでも水は冷たかったと思いますが、覚えていません
それよりすごいのは
水の汚さ!
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この汚い川に沐浴する!という行為が世界中から客を呼ぶわけですね

でも
本当にすごいのは
この川が幾つかの火葬場に面していること

こちらの宗教では
ここに来て死んで、火葬されて、
そのままガンジス河に流されるのが最高の名誉

ボートは
河に面した火葬場の前を通るのですが
そこは見ないふりをするのがお約束?

沐浴を見学していると
焼き損じたアレやコレやがプカプカと浮いて流れてくることがあるとか

そんな河で沐浴していることは、やはりすごい
もはや尊敬です(うんうん)
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せっかくここまで来たのだから
ちょっと沐浴してみたくなりましたが(マジ)
おなか壊したら困るのでガマン

ネガフィルムの空ケースに
ガンジス河の水をすくってお土産に
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朝日が見えました
観光客集めのキャッチコピーに「ガンジス河の朝日」としたいので
それに合わせて
みなさん沐浴されるのかもしれませんね(殴)

この後は
サルサリートに移動
仏教関係の遺跡があります

そういえば仏教の発症、
じゃなくて発祥はインドです
そういう点で
日本人向け観光地なのかもしれませんが
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ガンガーの沐浴の後では
全くパワーを感じません
インドでは
とっくにオワコンの宗教
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これも何かの塔らしいです
オシャカサマの骨が展示してあるとか
日本の寺の五重塔のルーツですね
奥さんが悟りを開こうと頑張っています
(あのオウム真理教御一行もさらに数年前にここに来ていたのではないでしょうか?)

また
土産物屋を連れまわされて
あとは列車でデリーに戻るだけ

ホテルから駅までの道が渋滞
このとき
私の体に異変が

ようやく駅についたけど
トイレが近くにない
お腹が…
いつ列車が来るかもわからず

非常手段に出ました

ホームの外れの小屋の陰で
ちょっと(汗)
おなかピィピィでした、ごめんなさい

デリー行寝台列車です
すぐに寝台(座席)横になって
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もうダメ状態の私
その間
きっと奥さんがやさしく看病してくれたのでしょう?(笑)

ガンジス河の沐浴を
不謹慎に見学してしまったので罰が当たったのでしょか
さすが最強の聖地のパワーです、実感

インドの夜汽車で
一晩中、う~んう~んとうなされていました
トイレはどうしたのかな?

非常事態?のまま
最後のデリー編に続きます

インド旅行記4、鉄道王国インドの線路(ほとんど覚えていない、殴)

1997年インドの旅

アグラからベナレスまで
約500キロ
この移動は専用バスでは無理なので列車です
行きは昼列車
ちなみに戻りはデリーまで寝台列車になります
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アグラ駅にて
見るモノすべて珍しいインドの鉄道
ここでどのくらい待たされたのかわかりませんが
(列車は時間通りには来ない、たぶん)
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電気機関車!
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大型貨物車!!
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インドの線路
広い軌間ですね
枕木がかなりいい加減
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ホームは楽しい楽しい
いろんなモノを売りに来ます
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本場インド紅茶?チャイ?
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ようやく列車が来ました
お弁当を持っているのかな?

KALKA MAIL号(カルカッタ号?)
アグラ駅11:25→ベナレス駅20:30
ものすごい長距離移動じゃないですか!

さらに
どこかの途中駅にて
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ホームに牛がいます
インドでは牛が神聖な生き物
列車も乗れるのかな?(笑)
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列車の中
こんなに狭かったのね
奥さんの手前は現地ガイドさん
前に座っているのは現地インド人さん?
満席じゃないですか

だけど
この列車の車窓の記憶が全くないのです(殴)
線路はどうだったのかなぁ

ベナレス到着後
ホテルで寝るだけ
翌朝は早いですよ(続く)

インド旅行記3、あの有名なタージマハール!編(ゆっくり個人でお墓参り)

1997年インドの旅3
1月4日
この日は専用バスで大移動です
6:40ジャイプール出発
ひたすらインドの荒れた大地を走ります

ようやく
アグラのホテルに到着13:00
ここで昼食
ああ、早く見に行きたい

インドといえば、
タージマハール!
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中世インドのムガール帝国
そのバカ皇帝が
ものすごく豪華な「自分の妃の墓」を造営
これがタージマハール

その費用は国の財政を圧迫
その後、バカ皇帝は更迭されて幽閉
せっかく作ったのに墓参りも出来ませんでしたとさ
という辛気臭いインド小話は有名
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お墓だから
お花も飾ってあります?
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白い冷たい大理石がステキ
すりすり

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この異常なまでの左右対称が美しい?

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ミナレット
塔です
お墓には卒塔婆が付きものですね(笑)

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こんなに苦労してここまで来たのに
現地に1時間もいません(汗)

次は近くのアグラ城
こちらがムガール帝国の宮殿
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ここからも
タージマハールが見えるらしいのですが

この後また土産物屋巡回
大理石、織物、大理石、紅茶、バザール、21:00ホテル戻り

こんなことでいいわけがない!
翌朝、
ついに強硬手段に
朝食はキャンセル
二人でホテルを出て、
タージマハールまで走ります!(30分くらい)
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朝のタージマハール
また来たよ!

この時
入場料金はどうしたのかしら
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ほとんど誰もいない早朝のタージ
やっぱり
お墓参りは朝じゃなくちゃね
満足(笑)

帰りは
リクシャーを利用してみました
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楽しい楽しい
料金がいくらだったのか不明
ボラレた感じはしなかったので、まぁいいです
助かりました
フリータイムが多ければツアーはもっと楽しいのにね

何食わぬ顔でホテルに戻ります

次は
いよいよインド鉄道編です
線路あり?(笑)
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Author:LUN
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