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線路巡礼:嘉穂信号所(上山田線/漆生線)

この記事は写真ごと移動しました。こちらを見てね。
[http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/60291859.html/ 線路巡礼:漆生線・上山田線・嘉穂信号所]

嘉穂信号所

81年夏、九州にきました。当時のゴチャゴチャした筑豊地区の中でも、旅客線が駅以外の場所(つまり信号所?)で分岐していたのはここだけではないでしょうか。ここの存在を覚えておいでの方はかなりの通とお見受けします。

上山田線下山田駅(なんだかわからなくなってくる??)から飯塚駅方面に1.7キロ、とてつもなく暑いなかを歩いたことを覚えています。ようするに乗り換えの時間があったんですよね。信号所には係りのおじさんがいて、親切にも珍客を中にいれてくれました。
ここは上山田線から漆生線が分岐するところ。当時も本数は少なかったと思います。

上山田線も漆生線も目立つ終着駅がなかったせいか、この嘉穂信号所訪問以外あまり覚えていません。今なお残る後藤寺線にその面影が見られるのでしょうか?

当時、すでに下山田駅構内はレールをはがしてマンションが建っていました。今ではどこでもある悲しい光景ですけど、都会みたいで少し驚きました・・・。

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1980年の巡礼。宮脇俊三がうらめしい?

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今日は午後出社なので、過去の巡礼の整理を始めました。
ブログ作成の目的は、巡礼先別に整理できたら、ホームページを作ってみたいなぁ、ということです。

1980年、母から使い終わった奈良フリー切符のB券を見せてもらったら、鉄道熱、特に実際に行こう!、が再燃、というより始まりました。
なにしろ鉄道好きといっても小学生でいったん休憩(特に遠くには連れて行ってもらえず、母方の実家の常磐線植田駅まで毎夏の鉄道旅行が唯一の楽しみでした。当時まだ、泉駅から小名浜に至る福島臨海鉄道に列車が走っていました。乗らせてもらえればよかったのに・・・。
中学・高校は鉄道すきでも行動はせず、大学2年生のとき、このきっかけは突然来ました。

当時、鉄道作家の宮脇俊三が、旅はカメラなんか持たないほうがイイ、という話を真に受けていたようで、当初カメラなしの旅でした。人まねをして、とても後悔しています。入場券収集に凝って随分集めましたが、これも今となっては無駄と言い切れます。そんな金があれば写真の一枚でも余計に残しておくべきでした。

でも、当時の入場券収集に多額なお金を国鉄に投資した、という勝手な思い込みは、その後、ただ電車乗っているダケ(目的地がない場合多し)なんだから多少?のことは目をつぶってよ、という勝手な思い込みの正当性の根拠になってしまいました。鉄道会社の皆様ごめんなさい。

1980年5月 奈良鉄道旅行、夜行日帰り。
同年7月、九州旅行(途中、大学友人他と同行)
同年8月、北海道旅行
この九州と北海道のたびは、友人宅に泊まったことを除くと、ほとんど車中泊でした、今考えると恐ろしい。

結局、この年の巡礼は写真が一枚もありません。故・宮脇俊三が恨めしいです。
白糠線とか、士幌線とか、この時に乗ったのが最後でしたから、自業自得とは言え残念です。
残念ついでに、彼の著書「国鉄全線各駅停車」から両線終着駅のすばらしい風景をスキャンしました。
北見滝ノ上駅もおまけです。

みぞのくちベランダ鉄道工事日記

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6月25日(土)は三鷹電車区の開放日でしたが、いきなり腰痛になってしまい、プラス暑い!ので、見送り。二週間前の秩父鉄道のイベントは工場直通列車も走りましたが、今回は写真撮影会らしきもの中心なのであきらめ。
でも、根性なくなりました。

唯一、やっっているのは溝の口のマンションのベランダ鉄道です。
これは鉄道模型のレイアウトとガーデニングを合体できるところがミソです。
私は子供の頃からHOゲージ、Nゲージとやってきましたが、どうしてもレイアウトつくりができませんでした。どうも、ケチだからです。

今回のGゲージは、メーカーはドイツのレーマン社、通称LGBと呼ばれています。
屋外の使用に耐える、というのが売りです。
スターターセットのトイトレイン(子供向けということですね)を、あちこち捜して25,000円で買いました。その後ポイントと直線レールを買い増し。

曲線レールはなんと自分で曲げてしまいました。12本で円になるものを8本で円になるように改造!
狭いけど楽しいベランダ生活を邪魔しないよう(うちはココで食事・お茶もします)レイアウトを何度も作り変えて、なんとか今のものに落ち着きました。
砂利もひいたし、植物もなかなかイイ雰囲気です。

奥多摩駅がドドンゴに壊されました!ウルトラマンより

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テレビ神奈川でウルトラマンの再放送をやっています。
いやぁ懐かしい。恥ずかしながら、全部DVDに撮っています。

ところで、昨日放送の『ミイラの叫び』という話で、怪獣ドドンゴは奥多摩駅構内で暴れていました。相棒のミイラ男は、ここの石灰層から出土したようです。

あっ、ドドンゴはマニアックにも石灰専用列車の列の中で暴れています。逃げ惑う人も石灰工場の中を逃げています。わぁ、昔は奥多摩に石灰貨物がいっぱいいたんですよねぇ。

ここ、溝の口から奥多摩なんていつでも行けたし、南武線にいつでも走っていたのに。

残念です。ミイラ男のように、貨物列車も貨物線も石灰の山の過去帳に入ってしまいました・・・。

写真はまったく関連なく、昨日撮影した横浜みなとみらい地区唯一の踏切です。俗に言う高島貨物線は、ここMM地区ではすっかり様相を変えてしまいましたが、ここの踏み切りだけは昔と変わりません。
がんばってね。



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線路巡礼:根室駅

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1981年7月、この夏二度目の大北海道旅行。

地図上では、日本最東端の駅は東根室駅らしいですけど、
やっぱり線路の最東端は根室駅でしょう。

その最東端のレールの終端は、貨物線の引き上げ線を兼ねていました。

終着駅に貨物列車がいるというのは、
今改めてみると、よだれがでそうにすばらしい光景です。

この日。
空がとっても高いです。
レールはそのままどこまでも、納沙布岬の方にでも伸びていきそうでした。

後日再訪したとき、すでに貨物取り扱いはなく、寂しい感じでした。
逆に、駅から見て釧路側左手に根室市場(名前忘れた)に伸びる専用線の配線跡があることを確認できました。

でも、
日本の線路の最東端はやっぱりこの引き上げ線の車止めでしょう。

(追記、2009.5.4)
手製の線路図を追加しました。
スイチバックでさらに東?に延びていく貨物線が確認できます。
後日、再訪して納沙布岬まで往復したときはもう廃線でした。
根室駅の線路も、稚内駅みたいに白けたものになっていました(泣)


(追記、2014年8月)
根室駅、根室港への貨物線が分かる地図を追記しておきます


線路巡礼1995:根室駅
http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/64751057.html
の記事も合わせて読んでね



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1981年夏、北海道東北旅行

国鉄再建法案が成立してしまい、赤字ローカル線廃止に拍車がかかった。
とりあえず、すべての線路で旅してみたい。

この夏は、北海道8泊8日ほとんど車中泊、その後九州。今から考えるともうめちゃくちゃだなぁ。確かに当時どこかのホテルに泊まったという記憶がまったくありません。それだけ北海道と九州は夜行列車が完備?していたわけです。もちろん、北海道ワイド周遊券です。

この時の巡礼先は
角館線、阿仁合線、広尾線、相生線、名寄本線、興浜南線、興浜北線、天北線、美幸線、標津線、日高本線、夕張線、羽幌線、黒石線。

写真は北見枝幸駅です。

1981年夏、北海道。登川線、岩内線、瀬棚線

過去の巡礼の写真を日誌とつき合わせながら、きちんと?整理していきます。
1980年7月に九州と北海道を巡礼しています。それぞれ一週間以上も、しかも夜行列車泊でした。とんでもないなぁ。
でもそのときはカメラを持参していませんでした。それでも線路の配線はしっかり記録していました。今でも残っています。入場券の収集も一生懸命でしたが、今となってはあまり価値がありません。一枚の写真でも残しておいた方がましでした。
ですから、1980年だけ巡礼したローカル線の写真は残っていないものが多いです。残念。

1981年夏大学2年生、6月30日に石勝線が開通するにあたり夕張線の支線である紅葉山(今は新夕張駅)から登川までが廃止になるとのことを急に知りました。

あわてて訪れました。なんとこの日が登川線の最終日です。当時は廃止といってもマニアが大挙して押しかけるほどではなく、地元の人と和気あいあい?してました。二往復してしまいました。

片道所要14分です。
中間駅は一駅だけ、楓という駅で、これは石勝線の有名な楓駅に昇格?しました。もっともこれも廃止されてしまいましたけど。

写真は瀬棚線美利河駅です。ピリカという名前がかわいい駅でした。
この時の旅で他に、岩内線、瀬棚線、室蘭駅を巡礼しています。
よろしければそれぞれの書庫をご覧ください。

線路巡礼の旅:自分の気に入った鉄道のポイントを記録します。

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スキャナーを買いました。
昔の写真もデータベース化して、パソコンで見たくなりました。
アルバムよりこっちの方が見るんですよね。

ただスキャンするのはつまらないので、線路巡礼の旅として、勝手に百選というかたちでブログにします。本当はHPつくりたいんですけど、いつになるかわからないので、とりあえずブログで楽しんでみます。

鉄道写真というのは、列車中心が普通ですけど、ココは線路中心です。よろしければ、じっくりご覧ください。どんどん百選までどんどん追加します。

最近の巡礼。
6月4日に秩父鉄道広瀬川原車両基地へ羽生から臨時直通列車が走りました。こういうの大好きです。当然行きました。3両編成はぎゅうぎゅうでしたが、運よくかぶりつきで工場線入線シーンが見れました。その後、大麻生駅まで歩き草むらに消える怪しいレール発見(写真1)、

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さらに三ヶ尻の工場を見て(写真2、現役だったんですね)、籠原駅までお散歩しました、我ながらお散歩大好きです。

線路巡礼1993:魚津駅専用線

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(この記事は2008.3.21大リニューアルしてあります)

昔から気になっている線路がありました。北陸本線魚津駅から海側にのびる専用線のようなもの、なんと先がグルリと円周になっているのです。

93年10月に行ってきました。
http://blogs.yahoo.co.jp/lunchapi/54425316.html

見所は2箇所。
工場専用線は、国鉄魚津駅構内を富山側で右手(海側)に分岐します。
海側を併走する富山地方鉄道のレールはどうなるのか?

なんと地鉄レールに合流して、
さらに分岐して工場に向かうのです。
つまりここの貨物列車は工場を出ると富山地方鉄道を通って、国鉄線に合流していたわけです。
貨物が走るシーンを見てみたかったなぁ。

もうひとつの見所は、
「円」びなったレール。
これは工場まで見に行かないと分からない。

歩いてみました。
10分くらいだったかな?

私が訪れたとき、すでに使用停止のようでしたが、工場内にタキがぽつんと残されていました。
かわいそう。
工場内に少し無断立ち入りしてパチリ。
「円」だったことが、なんとなく分かるような・・・?

後日、車窓から見たとき、
工場線のレールはすっかり剥がされていました。


写真解説
1枚目:工場のほうから魚津駅を見ます。富山地方鉄道のレールを横断しているのがよくわかります。
    国鉄→地鉄→工場線という関係。
    貨物列車が動くときは、当然、地鉄とも協調が必要でしょうね。

2枚目:右へぐにゃりと曲がるのが専用線。

3枚目:専用にそって歩きます。パイプライン付き。

4枚目:工場の入り口、イイ雰囲気でした。

5枚目:ちょっと工場の中に入ってしまいました。許して。

6枚目:これは工場の中から門を撮ってみました。

7枚目:付近の地図です。工場の中でクルリと円を描いているのがよく分かるでしょ?

今、ふと思ったのですが、
魚津駅の国鉄→地鉄→工場線という関係は、
拝島駅の米軍線に似ていますね。
国鉄→西武→米軍線。こちらは健在です。

プロフィール

LUN

Author:LUN
ヤフーブログからの移転組です
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