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線路巡礼2

美しい線路を紹介する日記ブログです。60歳で潔く定年退職♪毎日楽しく美しく(笑)

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線路巡礼1980.81.93:大隅線、志布志線(大隅半島は線路で大賑わいだった・・・)

線路巡礼:大隅線、志布志線。
1980年と81年の2回に分けて巡礼しています。

イメージ 6

当時の大隅半島は
大隅線、志布志線そして日南線で大賑わいでした。

急行や快速の直通列車がたくさん走っていました。
何故か、この直通列車に乗って線路を楽しむのを優先してしまい、
全線乗車は2度に分けてしまうことに(汗)

80年7月22日
都城13:00→志布志13:58(この列車は日南線経由で宮崎行き!)

志布志→鹿屋

鹿屋15:10→南宮崎17:52(急行)佐多号

この直通急行「佐多」に乗りたくて、大隅線をわざわざ鹿屋駅まで行って、
そこから戻るように大隅線→日南線直通列車に乗っているのです。粋だねぇ(笑)

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鹿屋駅と言えば・・・、

もちろんグニャリ線路です!(笑)。

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市街地で、こんな無駄なヒネリがあったんです(高架駅だったと思う?)。
なんでコレが町の名物にならなかったのかなぁ(爆)

おかげで、大隅線の残り区間に乗れたのは翌年。

81年8月17日。

国分17:19→志布志19:54
やっと大隅線を制覇。

志布志20:06→西都城21:07
二度目の志布志線は夜中でしたが、

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途中の駅で入場券を買ったおかげで、
志布志線にちゃんと乗ったことが分かります(自己満足♪)
志布志線に岩川駅なんていうのがあったのを、
今回の記事を書くにあたって初めて知りましたよ(爆)

さて。
大隅線も志布志線も終着駅がないんですよね。

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志布志駅は3線が集まる素晴らしい駅でしたが、
終着駅じゃないから線路の写真を残していないのです(泣)
おまけに、
線路図も書かなかったみたい。
何でだろ?

仕方ないので。
巡礼から10年以上経った1993年の記録。
出張で鹿児島に行きました。

寄り道で
鴨池~垂水フェリーに乗って。
その時の
大隅線垂水駅付近の様子。

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すっかり
バスの駅になっていました。

イメージ 1

桜島が見える悲しい道。大隅線でここをノンビリ走ったんですね・・・

イメージ 2

線路の勾配票が道の脇に残っていました。
まだ残っているのでしょうか?

こちらは国分駅。

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日豊本線の車窓から、
大隅線の分岐の最後の残骸が見れたのです。

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思わず途中下車して、
最後の姿を目に焼き付けてきました(成仏してね。泣)。

さて。
志布志駅には日南線だけが残り、
晴れて終着駅らしくなったわけですが・・・

5年ほど前に久々に乗った日南線。
志布志駅の線路は、あまりに残酷な醜態をさらしていました。
(続きは線路巡礼:日南線の記事で。予定)

大隅線と志布志線。
両線を一度に書いたのは、地図が一枚で済むのと。
志布志線のネタが少ないからです(汗)。

「志」がふたつも入った志の高い線路だったのですけど・・・
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コメント

No title

ぬまちゃんさん。
当時の分県地図が手許にありまして。
あらためて見て、グニャリ具合にビックリでございます。

No title

そうだったそうだった。鹿屋はそうだったです。
ホント何でなんでしょうね?
ところで大隅線、志布志線とも私も乗っているんですが、なんかノンビリしすぎてて居眠りしまくり。印象がどうも残ってないんです…

No title

LUNさんすみません、↑で書いたのは枕崎駅と勘違いしてました(^^;)
スーパーに敷地が売却されて駅舎そのものが無くなったんですね枕崎駅は。
でも、志布志駅も大隅線・志布志線廃止の後、移転している様ですね。

No title

はなゴンさん。
私も志布志線は山越えをしているような記憶しかありません。
大隅線はあんなに長かったのに桜島がよく見えたことくらいしか。
やっぱり終着駅がないと記憶が残りませんねぇ(泣)

No title

ほどすかさん。
悲劇の枕崎駅事件は有名だから記憶のすり替えが?(爆)
志布志駅も広い構内線路をぶった切るように立派な真新しい駅舎があったような記憶があります。
いずれ記事にしますね~。

No title

志布志線・大隅線・日南線のジャンクソン。
列車が到着するとしぶし、しぶし、しぶし とアナウンスが流れる。

No title

薩隅隼人さん。
志布志志布志志布志~
漢字でもカッコイイです(笑)

No title

分岐点の画像もっとみたいです(T_T)

No title

新人てっどさん。
当時はカメラを持たずに巡礼していたのです(泣、怒)

No title

そうでしたか・・・・
分岐点跡の写真をこのサイトで初めて拝見しました。
分岐点が載った写真はほかのサイトにはないですよね~~
すばらしいです(●^o^●)
ありがとうございました。

No title

新人てっどさん。
線路分岐点の美しさを讃えていただきありがとうございます(笑)
路線の終端と分岐点を抑えるのは必須ですね!

No title

実家が岩川駅と岩北駅の間くらいの所にありまして、僕が小学校に入る前の3月に廃線になったのを覚えています。廃線後は学校の下校時などに線路に入ったりして遊んでいましたし、サイクリングロードに変わっていく過程も見てきました。鉄道があった頃は結構栄えていたと聞いています。

No title

Goさん。
昔の記事を読んでくれてありがとうございます。
志布志線沿線在住なんて渋いですねぇ(意味不明)。
岩川駅では単線の列車の入れ違いがあったと思います。
だから入場券が手許に残ったのですね・・・

No title

鹿児島本港臨海線の記事から飛んできました。
大隅線も小さい頃に乗ったことがあります。
拝見した記事の中で訂正がありますのでお知らせします。
垂水中央駅の写真がありますが、これは国鉄バスの垂水中央駅です。
参考までに桜島港のバス停の正式名称は国鉄桜島港駅と言われておりました。
問題の国鉄大隅線の垂水駅は、ここから少し北へ行った所に垂水幹部派出所があります。
ちょうどこの幹部派出所の隣の歯医者さんの辺りにありました。(Google earthのストリートビューでは裏が公園になっているので確認出来ると思います。)
少年のころ向かいにあった桜デパートというスーパーで買い物を待っている時に準急おおすみが入線して単線のため信号所待機していたのを思い出します。
当時の駅舎については「南九州の鉄道」というサイトに写真がでていますのでご覧下さい。

No title

続きです。
あと国鉄大隅線はレールはなくなりましたがレール跡が道路になっているので辿っていくことは可能です。
コンクリート橋もそのまま残っている箇所もあります。
また、保存されている駅舎は次の通りです。
古江駅・荒平駅

鹿屋駅は博物館になっていて車両も保存されてはいるけど駅舎は当時のものではありません。

吾平駅(ここも博物館になっています)

高山駅(駅舎と前のロータリーはそのまま残っています。レールも駅前に残ってます。但し埋もれてます。)

No title

書き忘れていた事がひとつありますので触れておきます。
国鉄バス垂水中央駅は現在は取り壊されて跡地にサンクスができました。
またJRになってから暫くは路線が確保されておりましたが数年後廃止されその後、地元の鹿児島交通に路線が変更されました。
現在は子会社の三州自動車が運行しております。

No title

鉄ちゃんさん。
またも古い記事を読んでいただきありがとうございます。
垂水中央「駅」と大きく書いてあるので、てっきり旧国鉄駅かと思っていました。でもそれもすでにないのですね(悲)
記事にも書きましたが、私が乗車した頃も、やたら多くの種類の急行列車が走っていました。楽しかったのですけど。。。

No title

垂水に住んでいた者です。
歴史的には、この垂水中央「駅」が先にあったようです。
海潟に温泉が誕生(昭和2年)した後、省営バスが省線古江線(当時)終着の古江から垂水桟橋(旧垂水港)・「垂水駅」・海潟・桜島方面に走りはじめました。
昭和10年の垂水町(当時)の地図を見ると、この垂水中央「駅」が「垂水駅」として掲載されています。ということは、国鉄線開通後に垂水中央「駅」と名称変更されたのかもしれません(その頃の時刻表を確認すれば判明するかもしれませんが、サボってます…)。「駅」名の名残はそこにあったのではないでしょうか。

No title

だむらすさん
昔の記事を読んでいただきありがとうございます
当時の時刻表の後ろを見ると
国鉄バス「垂水中央」「垂水港」という表記はあります
「垂水」はありません
国鉄駅とバス停はそんなに離れていたのかしら?

No title

大隅線は国分から鹿屋までははっきり言って無駄でした
もひ残っていたら三陸モンスターグロテスク鉄道みたいになってたので廃止になって良かった
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