fc2ブログ

線路巡礼2

美しい線路を紹介する日記ブログです。60歳で潔く定年退職♪毎日楽しく美しく(笑)

2

イスラエル聖地巡礼旅行記9、パレスチナ国のベツレヘム。イエス誕生の地だそうですけど、そんなことより知りたいこと(生誕教会)

エルサレム聖地巡礼その4
これだけ歩いたのにまだ始まりの聖地が残っています
そこは
エルサレムの近く郊外ですけど

イスラエルじゃありません
ヨルダン川西岸
パレスチナ自治政府にあります

イメージ 15

ベツレヘム
イエスが生まれた場所
ここはA地区
行政権管轄権共にパレスチナ自治政府が管理するエリア
ガリラヤ湖から通ってきたC地区とはわけが違う
全く別の国
(地図を見るとエルサレムがヨルダン川西岸地区に囲まれてしまった特異な場所だということが良く分かります)

イメージ 1

だから
エルサレムからベツレヘムの間には国境があります
すごい壁と
検問所みたいなのがあります

だけど
ツアーバスは一時停止しただけで
スルー
パレスチナ側の係員がパスポートチェックをするとか、
そんな緊迫したシーンは全くなし

イメージ 2

だけど
この壁には驚きです
落書きもあるから本当にベルリンの壁みたい

イメージ 3

すぐにベツレヘムの町
モスクのミナレットが目印

バスセンターにバスを停めて
また歩きます

イメージ 4

これが聖誕教会
いちおうイエスがここで生まれ
その跡地にできたメデタイ教会
工事中なので全貌がよくわかりませんが
遠くに小さな入り口が見えます
謙虚のドア
ここから入ると
中も工事中

イメージ 5

でもビザンツ時代のモザイク床や柱が残っていて修復中
そういう意味では
歴史的にも価値のある場所

イメージ 6

聖誕(生誕?)ですから
マリア様もいました
凛々しい

地下に入ると
そこがイエス誕生のテーマパーク

イメージ 8

祭壇みたいなのがあって
その下にある☆型

イメージ 7

この☆が
イエスの生まれた場所という設定

いつもはこの☆に触るために長蛇の列ができるそうですが
この日はガラガラ
またも主のご加護が!(笑)

でも
この☆は2代目
先代の☆は
聖地管理権をめぐってオスマントルコとロシアがいがみ合い
そのどさくさの中でいつの間にか紛失
これがクリミア紛争の引き金になったという
いわば戦争の☆

今度これがなくなったとき
何が起きるのでしょうね?
旅行前に
北朝鮮ミサイル祭りが気になっていましたが
☆は残っていたので大丈夫?(笑)

隣の教会へ
毎度のことですが
ここもいろんな宗派が管理しているのです

イメージ 9

こちらは新しい建物ですが
この教会こそ
あのクリスマスの日に
世界にナマ中継される教会なのです

先ほどの工事中の教会の宗派は
クリスマスの日が違うんだか何だかそんな理由

イメージ 10

こちらの教会の地下にも怪しい洞窟跡

イメージ 11

外の広場には
イエスが馬小屋で誕生の名シーンのジオラマ
じゃなくて蝋人形展?

聖書では
イエスが生まれたとき
東方3博士というのがやってきて祝福
おかげでユダヤの為政者がその事実を知ってしまいました
将来はユダヤの王になるという予言を恐れ
その年に町で生まれた赤ん坊をすべて殺してしまいます
でも
イエス一家だけは東方3博士に教えられて
ちゃっかりエジプトに難を逃れました、とさ

その時の被害者の赤ん坊が何千人
先ほどの洞窟に埋葬されたそうです
東方3博士が余計なことをしなければ
何の罪もない赤ん坊達は殺されずに済んだのにね(悲)

イメージ 12

そのいわくつきの洞窟跡で
今度は聖書の翻訳の作業に没頭して完成させたヒエロニムスの像
その足元には死んだ奥さんのしゃれこうべが放置
それだけ仕事熱心だったという
見習いたくない光景

イメージ 13

聖ゲルギオス
西欧人は大好きな超有名らしいです
英語で読むとジョージア
なるほど勉強になります

せっかくのパレスチナ国ですけど
観光はこれだけ
だけど
帰る途中
言いようのないものを一瞬見かけました

交番
そこに張られたポスター

イメージ 14

アラファト
まだ影響しているんですね
中東戦争後の混乱を知るものとしては懐かしくも忌々しい
今、どうなっているのでしょうね
早くまともな国になって欲しいです

イスラエル国
エルサレムに戻ります
こちらも出入国ゲートでは何もなし
兵士も見かけませんでした
ちょっと拍子抜け

ホテルに戻って
こんな疲れた一日でしたけど
やっぱり
夜は遊びに出かけますよね(爆)
まだ続きます

ちなみに
ベツレヘムでイエスが生まれたという設定はかなり無理があるそうです
北のナザレで生活していたヨセフ・マリア夫婦が
なんでここまでやってきて
馬小屋で出産しなくちゃいけないのか?
(ローマ時代の人口調査があったから云々はちょっと)
旧訳聖書では
救世主はベツレヘムで生まれると予言されているので
それに倣って
そういう設定にしなくちゃイケナイという暗黙の了解によるという説が有力

でもここを生誕の地と正式に決めてくれたのは
聖墳墓教会でも活躍した聖地巡礼の母ヘレナさんです
ローマ皇帝の母親がここだと決めてくれました
誰も文句言えない
そのおかげで
今ではパレスチナ国家の重要な観光資源となっています
アラ☆ァトよりエライ存在
感謝しましょう(笑)
関連記事
スポンサーサイト



コメント

No title

前回、今回の記事を読むだけでも疲れましたよ^^。

No title

> なおさん
あと少しです
がんばれ!(笑)
非公開コメント

カウンター

検索フォーム

カテゴリ

全記事表示リンク

月別アーカイブ

ブロとも申請フォーム

QRコード

QR