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線路巡礼2

美しい線路を紹介する日記ブログです。60歳で潔く定年退職!毎日をお得で、楽しく、美しく♪

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大山街道のオマケ(「游相日記」とは?)

大山街道お散歩のオマケ。
3日目のコースでは、沿線に面白い小物がたくさんありました。

昨日の記事で、お写真アップしたかったのですが、
さすがに写真が多すぎて、今回あらためて紹介します。
(旧街道沿線の写真が、すぐに線路中心になってしまいます、笑)

イメージ 1


イメージ 2


イメージ 3



国分宿(海老名駅手前)には、
かわいい道祖神や道標がたくさんいらっしゃいました。安曇野に負けないぞ。

イメージ 4


イメージ 5


厚木を過ぎて、愛甲宿(愛甲石田駅)の手前。
大山に向かって歩き出す沿道には、こんな団子が刺してあります。
昔TVニュースで見たことあるのですが、いまだに現役なんですね。

そんなわけで、楽しい旧道お散歩は続きます。
これで車が通らなければ言うことないんですけどね(泣)

ちょっと、
大山街道の歩行距離を
本の記述等からテキトーに計算してみました。
1日目、赤坂見附駅(ウチは三宅坂)~溝の口駅、16.7キロ
2日目、溝の口駅~すずかけ台駅、21.2キロ
3日目、すずかけ台駅~愛甲石田駅、23.3キロ

1日目が意外と短い。だけど歩く前に国会周辺見学していますので(笑)

だんだんハードになってきますね。
私は4日間で大山山頂まで辿り着きたいという野望を持っているのですが、
(昔は2泊3日だったみたいだけど・・・)

4日目(予定)、愛甲石田駅~大山阿夫利神社、14.6キロ

おや、意外と短いじゃないですか。
大山登りがなければね。
ケーブルカーなんか間違っても使いません(笑)

吉日を選んで決行の予定です。


おまけ
得意の歴史の勉強

大山街道を歩いてこの辺りまでくると、
沿道の解説に、
「游相日記」という記述が多くなります。これは何だ?

幕末より少し前。
渡辺崋山という洋学者がいて
(日本史では「蛮社の獄」に連座して幕府から罰せられたことで有名、なんです。知ってる?)

この人が、
江戸から大山街道を通り厚木宿まで旅して、
さらに藤沢に抜けて、江ノ島や三浦、アチコチ物見遊山して東海道を江戸にもどったそうです。
6日間くらい。
これが江戸時代の観光の定番コースだったらしいです。
この人は筆まめに日記を残してくれました。
これが游相日記(ゆうそうにっき)です。
おまけに画家としても有名で、
アチコチの絵を残したらしいです。
当時の大山街道のことを知る貴重な日記なのだそうです。

あの名前だけ有名な
東海道中膝栗毛の大山街道版かな?

私も負けずに、21世紀の大山街道お散歩日記を残すことにしましたよ
旧東海道は、すでに江戸から大坂まで(京都じゃないよ、しつこく、笑)
膨大な日記をブログに残しましたので。

ちなみに、
渡辺崋山さんは江戸を発った日は鶴間宿、二日目に厚木宿なのです。
俊足だ!(当時は当たり前?)
でも、肝心の大山には登っていないらしい。
厚木で2泊も遊んだくせに!

自称歴史家だから、そういう粗は見逃さないよ(笑)
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コメント

No title

大山街道の旅、お疲れ様でした。
雪の大山大変だったでしょう!
私も今度暖かくなったら登ってみたいと思います。
楽しく拝見させて頂きました。

No title

JUGEMさん。大山登頂の先、どこへ向けて歩くか家族会議中です。大山から宮ヶ瀬ダムまで歩いてしまおうという無謀な計画もありました。

No title

こういうお団子って、本当にお地蔵さんにあげるというより、外の犬、猫、命にあげてるというのが、多分?キツネ信仰とかに変化して行ったんじゃあないかしら?
太古の昔、畑や田んぼの収穫に、実は、他の命から独り占めした人間社会の心の痛みからと、冬に向かって、こんなにも収穫できたという命からの喜びを周辺の生き物たちにも分かち合えたらという思いで、神様への捧げ物が始まったんじゃあ?ないかしら。。
夜、こっそり、祭壇から消えてるお米。。
あら!神様がお召しになったんだ!とね。。頭の固い経済主義者には納得させて、、

No title

> かき氷大好きさん
この団子はかわいくて良かったですけど
やりすぎはよくない
非公開コメント

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